ピアノ入門以前 第1号 指の練習は必要か?

2009/06/24

記念すべき第1号のお題は、誰もが一度は考えるであろう「指の練習は必要か?」ということについてです。

ピアノという楽器では、指の動きがそのまま音に変換されます。

ワープロソフトの素晴らしいところは、キーボードの触り方が乱暴だろうと丁寧だろうと、一様に整った文字を整列した状態で表示してくれるところですがピアノの場合は、乱暴に触れば乱暴な響きが、丁寧に触れば丁寧な響きが楽器から発せられます。

ワープロソフトは、該当するキーさえ間違えずに押せば、あとはソフトの側で全ての処理を行ってくれますが、ピアノの場合、単に該当するキーさえ間違えずに押せば良いというものではなく、それをどのように押すのかということに対する注意も必要になります。

このような事情から、ピアノを演奏するにあたっては、日常生活における指の動かし方とは異なる、ピアノ向けの指の動かし方というものを習得することが必要になるわけで、そのためには、どうしても指の練習を避けて通ることはできません。

ピアノにおける「指の練習は必要か?」という質問は、英語を全く話すことなく英会話を習得するとか、全く泳がずに水泳をマスターするということと同様ナンセンスな質問なのです。

では、「指の練習は必要か?」という質問の真意はどこにあるのでしょうか?

多くの場合、この質問で問われているのは、指の練習そのものの是非ではなく指の練習という名目で使用されるハノンやツェルニーといった練習曲集の是非についてです。

ハノンの1番が弾けるようになりたくてピアノを始めましたとか、ツェルニーの30番が弾けるようになりたくてピアノを始めましたという方は、おそらく極めて稀でしょう。

ピアノを始める方の多くは、何か弾いてみたい曲があって始めるのではないでしょうか。

そうしてピアノを始めてみたところ、ハノンやツェルニーといった練習曲集が延々と続き、自分が弾いてみたい曲にはいつまで経ってもたどり着かない、という事態が、往々にして発生します。

そこで出てくる質問が「指の練習は必要か?」というものです。

ハノンやツェルニーといった練習曲集が延々と続く背景には、これらの練習曲集を弾きこなすことができる=指が十分に訓練されている、という暗黙の了解があるからなのですが、そもそも、この暗黙の了解に問題があるのです。

ハノンやツェルニーといった練習曲集に出てくる練習曲を、指定されたテンポで1音たりとも取りこぼすことなく弾ききることができれば、指が十分に訓練されている、と言うことができるかもしれませんが、実際には、指定されたテンポよりも遅く、どうにかこうにか弾きとおすことができたら終了して次の曲へ、という使い方をされる場合があります。

指定されたテンポで1音たりとも取りこぼすことなく弾ききることができるということであれば、その練習曲で課題となっている指の動きに関しては十分に習得されていると考えることができますが、指定されたテンポよりも遅く、どうにかこうにか弾きとおすことができた、というだけで、その練習曲で課題となっている指の動きを習得することができたと言うことができるかどうかは、判断が難しいところです。

このような使い方の場合、その練習曲を弾きとおすことができたという達成感は得られるかもしれませんが、課題となっている指の動きを習得したということは、必ずしもできません。

この点が、ハノンやツェルニーの一番の落とし穴で、極端な例としては、1冊に収められた練習曲全てを弾き終えたとしても、何も習得できていないということが起こります。

何も習得できていないわけですから、目標とする曲にたどり着かないのは当然ということになります。

このようにして、ハノンやツェルニーを練習することと、自分が目標とする曲を演奏するために必要な指の動きを習得するということの間に関連性が感じられなくなり、「指の練習は必要か?」という質問が沸き起こってくるのではないでしょうか。

ハノンやツェルニーに限らず、ピアノの世界では、必要性や関連性が感じられない練習を強要されるということが多数あります。

全ては一つにつながっているのだ!と言えば聞こえはいいですが、上述のように、必要性や関連性が全く無いものを延々と続けている場合、残念ながら、これは時間の無駄と言う他ありません。

また、ハノンやツェルニーと指の練習ということが混同された結果、指の練習そのものが否定されてしまうということになってしまいますと、これは本末転倒と言わざるを得ません。

ピアノを演奏する以上、指の練習はどこまで行ってもついて回りますが、それはあくまでも、必要性や関連性の上に成り立っている指の練習であることが大切です。

必要性や関連性を考慮した結果辿りついたハノンやツェルニーと、何だかよくわからないがやれと言われたからやっているという状態で練習するハノンやツェルニーとでは、同じものを練習していても全く異なる結果が生まれます。

もしも、必要性も関連性も感じられないような指の練習を行っているのであれば、それは今すぐにやめて、自分の好きな曲を練習する方が、人生にとってよほど有意義なのではないでしょうか。

※「ピアノ入門以前」は、だいすピアノ教習所講師の かとうだいすけ が2009年6月から2011年5月まで、まぐまぐにて配信したメールマガジンです。2011年5月に廃刊しました。