ピアノ入門以前 第7号 指が動くとは
2009/09/15
今回は、指が動くとはどのようなことなのか、というお話です。
私は「あなたは指が動かないから」と言われ続けてウン十年というくらい、指が動かないことを指摘されてきました。
自分でも、指が動かないということに対する自覚はありました。
しかし、自分の指がこのような状態では、自分が弾きたいと思う曲がさっぱり弾けず、そのことに納得が出来なかった私は、どうにかして、この状態から脱出することはできないものか、ということをひたすら考え続けてきました。
今も相変わらず試行錯誤が続く日々ではありますが、今年に入って、現段階での一応の結論のようなものが出ました。
それは、「指が動かない」というのは「指が動かないという動きをしている」ということなのではないか、ということです。
単なる言葉遊びか何かのように思われるこの言葉の奥には、少なくとも私にとっては、「指が動かない」という問題を解決するための大きな手がかりがありました。
「指が動かない」という言葉が表している状態というのは、ピアノの鍵盤上で、ある決められた位置の鍵盤を、ある決められたタイミングで弾く、さらに、それをある決められた速度で連続して行う、という動作が円滑に行われない状態であることが多いのではないかと思われます。
このように考えてみますと、指が動かないわけではなく、指は動いているのだがある決められた動作を円滑に行うことができていない、という見方をすることが可能ではないか、という点に私は思い至りました。
そして、本当に問題なのは、指が動くかどうかということよりも、ある決められた動作を円滑に行う、という点にあるのではないかということを思いました。
ここで、何かの動作を行うということについて考えてみたいと思います。
例として、目の前にコップが置いてあり、これを手で掴むという動作をするとします。
私の場合、目の前にあるコップを掴む場合、まず、頭(心、意識など呼び名は様々です)の中で、目の前にあるコップを掴もうと思います。
さらに細かく言えば、目の前にあるコップのこの部分を、右手のこの指とこの指とこの指とをこのように動かして、このように掴む、ということを思います。
そして、そのように思った動作を実際に行います。
このプロセスで重要なのは、手が自動的にコップを掴むわけではない、というところではないか、というのが私の考えです。
反射的にコップを掴んだり、無意識のうちにコップを掴んだりする、ということもありますが、これらのことに関しては、ここでは一旦除外します。
コップを掴んでから、目の前にあるコップを掴もうと思うのではなく、目の前にあるコップを掴もうと思ってから、コップを掴む。
試しに、目の前にコップを置いて、何も考えずにいても手はコップを掴むかどうかやってみましたが、何も考えずにいる時点で、「ああ、目の前にコップが置いてあるなあ」ということは思ったとしても、それ以上、何かが起こるということはありませんでした。(ただし、これは「コップを掴まないという動きをしている」と言うことができるかもしれません。)
このように、動作の中でも、「○○しよう」ということを思わないと動作を行うことができないタイプの動作では、まず、頭の中に「○○しよう」という考え(思い、意思など呼び名は様々です)があって、その考えに従って実際の動作が起こります。
このように考えてみますと、ピアノの鍵盤上で指を動かすためには、最低限、何を、どのように動かすのか、ということが、あらかじめ頭の中にある必要があるのではないか、ということを思います。
そして、私に関して申し上げますと、指が思うように動かなかった原因の大半は、何を、どのように動かすのか、ということが頭の中で明確になっていなかったからではないか、ということを思います。
何を、どのように動かすのか、ということが頭の中で明確になっていないため、このように弾きたいと想像している演奏と、実際に私が行っている動作が一致せず、結果として、指が動いていない、という状態になったのではないかと思います。
シュークリームを作るのであれば、どのような材料を揃えて、どのような順序で作るのか、ということがわかっていなければ、シュークリームを作ることは大変難しいのではないでしょうか。
また、同じ白い粉だからということで、薄力粉のかわりにデンプンを用意したり、材料を混ぜるという工程を行わず、用意した材料をそのままオーブンに入れて加熱したところで、シュークリームにはなりません。
決められた材料を、決められた手順で調理して、はじめてシュークリームになるのではないでしょうか。
鍵盤上では、指はどのような動きをすれば、複雑な音型を円滑に弾くことができるのか、複雑な音型はどのような指の動きによって実現されるのか、といった部分に対して、わずかでも注意を向けてみますと、私の場合、動いていなかったのは指ではなくて、実は頭の方だったのではないか、と思えてきました。
指が動かないのではなく、指が動かないような動作を頭の中で思っているから指が動かないのではないか。
「指が動かない、それではハノンをやりましょう」というのは一つの答えですが、私に関して申し上げれば、この答えだけでは問題が解決しませんでした。
しかし、目に見えている指のみに注目せず、その指がどのような原理で動いているのかという視点、指が動いている背景にあるものは何かという視点を持つことによって、指が動かないと言う問題を、自分が納得できる形で解決できたように思います。
※「ピアノ入門以前」は、だいすピアノ教習所講師の かとうだいすけ が2009年6月から2011年5月まで、まぐまぐにて配信したメールマガジンです。2011年5月に廃刊しました。