自然なピアノ奏法はどこから生まれてくるのか
私は音大受験を志して以降、自分のピアノ奏法に対して深い疑念を持ち、それをどのように変えていけば良いのかということについて長いこと試行錯誤を繰り返してきましたが、これがなかなか功を奏しなかった背景には、私の中にfundamentalという視点が欠落していたからではないか、ということは以前文章にしました。(参考:基礎ではなくてfundamental)
ここでは、このfundamentalはどこからやって来るのか、ということについて考えてみたいと思います。
ピアノという楽器、もっと大きく分類するならば道具の使い方というのは、どこから考えれば良いのか、ということを考えてみるならば、自ずから答えは出てくるように思います。
それは、ピアノという楽器そのものから考えれば良いのではないでしょうか。
私が見落としていた、一番見落としてはならなかった点、それこそが、このピアノという楽器そのものから奏法を考えるという点でした。
ピアノというのは鍵盤が下がると弦を抑えているダンパーが弦から離れ、その開放された弦をハンマーが打つことによって音が出る。
鍵盤が上がるとダンパーが弦の上に落ちて、振動が止まる、つまり音が止まる。
また、鍵盤を下げたままであっても、弦から発せられた音は徐々に減衰していく。
…
という具合に、まずはピアノという楽器がどのような仕組みで発音をするのか、ということについて明確に把握をするというところから始めなければいけなかったのではないか、と思います。
次に把握するべきは、それを操作するのは一体どこなのか、という点ではないかと思います。
基本的に、鍵盤は指によって操作されます。
手首や腕を使うとしても、最終的にそれらの動きを鍵盤に伝える役割を果たしているのは指です。
ピアノと演奏者との接点は、指先とペダルにかかっている足先しかありません。
そこで、今度は指というものについて考える必要が生まれてきます。
まずは、ピアノとは関係なく、指にとって本来一番自然な動きとはどのようなものか、ということを考えます。
そして、この動きとピアノの鍵盤が要求する動作との接点を探れば、自然な奏法というものは、文字通り自然に生まれてくるのではないか、という気がしました。
私が速くて細かい動きがダメだったということは、私がはずしまくった理由という文章に書きましたが、上記のような考えから当時の私の奏法を考えてみますと、なぜ速くて細かい動きがダメだったのかということが明白なように思います。
まず、ピアノという楽器について、もちろん上記のようなことは情報として知っていましたが、実際にピアノを弾く際に、自分の指が鍵盤を下げると弦を抑えているダンパーが弦から離れ、その開放された弦をハンマーが打つことによって音が出る、といったことに対して具体的なイメージなど全く持たずに弾いていましたし、さらに指にとって本来一番自然な動きなど考えもしなかったため、指にとっては大変不自然な動作で弾いていました。
指にとって大変不自然な動作で弾いているわけですから、手首やひじ、腕や肩、体全体に至るまで動作の全てが不自然になるのは明らかです。
不自然な動作ですから、それを何とか遂行しようとすれば、当然、腕も体も硬直し、脱力とは全く無縁な状態になります。
このように考えてみますと、当時の私がどんなに練習をしても、速くて細かい動きができるようにならなかった理由がわかるように思います。
指にとって不自然な動作であるということは、指は本来そのような動きをするようにはできていないということになります。
そのような動きをするようにはできていないものを無理に動かしたところで、動くようにならないのは当たり前の話です。
私にとってせめてもの救いは、このような不自然な弾き方を長年にわたって続けてきたにもかかわらず、腱鞘炎などの病気にならなかった、ということでしょうか。
しかし、体の成長期にこのような不自然な弾き方で無理にショパンのエチュードなどを弾いてきたためなのか、右手の2と3の指の骨が曲がって成長してしまったようです。
このため、私は比較的簡単とされる右手の2と3の指で行われるトリルやプラルトリラーを滑らかに弾くことが未だにできずにいます。
このように、ピアノという楽器、それから、それを操作する指というものについて冷静に考えていけば、何をしなければならないのか、ということは自然とわかってくるのではないか、ということを思いました。
これらのことがわかって、はじめて、ピアノでできることはどのようなことなのか、ということや、それを実現するためには何をしなければならないのか、ということが明確になってくると思います。
私は、このようなことを考えずに、ピアノに対する漠然としたイメージや情報だけで自分の奏法をどうにかしようとしていたから、いつまで経っても問題を解決することができずにいたのではないかと思います。