封建制型とプロジェクト型

私が高校生の頃にソルフェージュを習っていた先生は、パリのエコールノルマルで3年間声楽を勉強された方でした。

イタリアでも声楽の勉強をしてこられたそうです。

この先生のお話で大変印象深かったのが、「外国の先生は、先生と生徒が常に同じ方向を向いて勉強している。日本のように先生は先生、生徒は生徒というのとは違う。」というものでした。

もちろん、外国の先生の中にも先生は先生、生徒は生徒という考え方の先生もいらっしゃれば、日本の先生の中にも生徒と同じ方向を向いて勉強している先生がいらっしゃると思います。

このような問題は、どちらが良いのかということではなく、どのような場合には、どちらの指導スタンスが適切なのか、ということなのではないか、ということを私は感じました。

先生は先生、生徒は生徒という主従関係とでも言うような封建的なシステムの方が良い場合もあるのではないか、ということを思うからです。

封建制度には、上の者と下の者との間を媒介する何か、それは「土地」だったり「名誉」だったり、といったものが存在します。

ということは、ピアノにおいて封建的なシステムをレッスンに持ち込む場合にも、これに先生と生徒の間を媒介する何かが必要になると思います。

それは、何か。

私はピアノの本来のあり方から考えるならば、それは「芸」ではないかと思います。

さらに、その「芸」についてくるファンというのも、それに該当するように思います。

「芸」がない場合でも、何かしらの権限、例えば、自分でコンクールを主催していて、そのコンクールの賞を与える権限を全て掌握しているとか、大勢の顧客を集めることのできる組織のトップで、自分が一声かければ千人くらいすぐに集まるというような力を持っているのであれば、封建的なシステムは十分に成り立つのではないかと思います。

これらの「芸」の本質とは関係ないところの権限や力を使う場合には、むしろ封建的なシステムを使用しないと収拾がつかなくなってしまうのではないか、ということも私は思います。

できることなら「芸」が媒介となるのが一番ではないかと思いますが、いずれにしても、封建的なシステムをレッスンに持ち込むためには、このような「媒介」が必要なのではないかと思います。

ということは、例えば、私のように「芸」もない、コンクールを主催しているわけでもない、人を集めることができるわけでもない人間が、ふんぞり返って偉そうにしたところで、誰もついてきてはくれないということになります。

私の場合、先の話で言うところの「先生と生徒が常に同じ方向を向いて勉強している」という指導スタンスしかありません。

この指導スタンスをわかりやすく考えますと、プロジェクトという言葉を使用するのが適切ではないか、と思います。

例えば、Aさんという人がいて、その人がピアニストになりたい、となった場合には、「Aさんをピアニストにするためのプロジェクト」が立ち上がり、先生とAさんとは、共にそのプロジェクトのメンバーである、というような関係です。

先生の役割はプロジェクトマネジメント、Aさんの役割は立案され割り振られた作業の実行ということになるのではないかと思います。

この場合には、先生もAさんも「Aさんをピアニストにするためのプロジェクト」という目標を見ているという意味で向いている方向が同じであり、このプロジェクトのもとでは、どちらが偉いとか上下関係というのは存在しないように思います。

しいて言うなら、一番偉いのはプロジェクトなのではないかと思います。

このような指導システムの場合、先生とAさんとはプロジェクトの前に責任を分け合うという形になり、先生だけではなくAさんもまた目標を達成するための自発的努力が必要になるという意味で、封建的なシステムのように1から10まで先生に全ておまかせします、とはいかなくなる難しさがあると思います。

しかし、封建的なシステムに反発を感じてしまうような方の場合、特に自分のやりたいことがはっきりしていて、それが「芸」の継承や賞の獲得、人集めといったものではない方の場合には、プロジェクト型の指導スタンスの方が功を奏するように思われます。

私は、かねてから漠然と封建的なシステムに対して反感を持っていたのですが、その理由はおそらく上記のような詳細な違いがわからないままに、自分が封建的なシステムの側で生きていたからではないのか、ということを思います。

長くピアノを続けていますと、時折、先生との関係に頭を悩ませる事態が発生したりすることがあったりするものですが、上記のような違いから自分と先生との関係を見ていきますと、自分の身の振り方がはっきりしてくるのではないか、ということも、このように考えてみて思いました。

私も、もう10年早くこのようなことに気が付いていれば、白髪も増えずに済んだのではないかと思います。