ハノンで基本は身に付くのか?

ピアノを長くやっていると「基本ができていない!ハノンからやり直し!」とか「基本をやりたいんだったらハノンをやりましょう」という言葉を一度くらいは耳にする機会がやってきます。

ピアノで基本と言えばハノンというくらい、「ピアノの基本」と「ハノン」はイコールで結び付けられていますが、それではハノンを弾けば、それで本当に基本が身に付くのでしょうか。

私のこれまでの経験から出た結論から申し上げれば、残念ながら答えはNOです。

ですから、一所懸命にハノンを弾いているのに、基本がさっぱり身につかないと嘆いていらっしゃる方は、ご心配ありません。

あなたが悪いわけではないのです。

もともと、弾くだけで基本が身に付くような、そんな魔法のような仕掛けはハノンにはありません。

では、なぜこれらを弾くだけでは基本が身に付かないのでしょうか?

全音楽譜出版社より出版されている「全訳ハノンピアノ教本(平尾妙子訳註)」の「はじめに」の部分に、

"ピアノの名手になる60練習曲"という1巻を作りました。

という一文があります。

この文章を要約しますと、「ピアノの名手になる60練習曲」は、ピアノの技術的問題をいかに効率よく、また興味を失うことなくクリアーするかという視点からまとめられた練習曲集であるということです。

そう、ハノンもまたチェルニー30番、40番などと同じ「練習曲集」なのです。

ハノンを開いてみると、そこには音符が延々と立ち並び、ごくわずかの練習上の注意が書かれているのみです。

それらの注意も大変抽象的なもので、手のフォームや指の動かし方など、ピアノそのものを弾くために必要な基本となる動作に関する具体的な言及などは、全くと言って良いほどありません。

他にも「ピアノ教本」という名前が付いていながら、内容は「練習曲集」となっているものが多数あります。

練習曲というのは、ある一定の動作を反復することによって、その動作を身に着けることを目的としています。

この時、基本となる動作を正しく習得している人がある一定の動作を反復すると、その動作を正しく身につけることができますが、基本となる動作に問題がある状態の人が一定の動作を反復しても、基本となる動作を正しく習得している人と同じ結果は生まれません。

野球のバットを逆さまに持って何百回素振りを行ったところで、ホームランが打てるようにはならないのです。

ピアノで言う「基本ができていない」は、ハノンやチェルニーの弾き込みが足りないというよりも、基本となる動作そのものに問題がある場合の方が、圧倒的に多いのではないかと思います。

ですから、基本となる動作に問題がある状態でハノンやチェルニーをたくさん弾きこむのは、バットを逆さまに持ったまま素振りを行うのと同じで、これでは問題は何も解決しないのです。

ピアノの基本を身につける、もしくは改善しようと考えるのであれば、ハノンなどの練習曲を始める前に、まずは、ピアノを弾くための基本となる動作が正しく身についているのかどうかを確認する必要があります。

そして、ここに問題がある場合は、まずそちらの改善を先に行っておかないと、私のように毎日2時間かけてハノンを弾いたけど、指が動くようにも、強くもならなかったという目に遭って、人生の貴重な時間を浪費してしまいます。

「ハノン」には、ピアノ曲を弾くにあたって必要な基本となる動作を習得するための練習曲が数多く掲載されていますが、その前に、ピアノそのものを弾くために必要な基本となる動作を習得する必要があり、これは「ハノン」では扱われていないのです。

ということは、「ハノン」を弾くためにもまた、基礎が必要ということになります。

これは余談ですが、全ての混乱の原因は「ピアノ教本」という翻訳名にあるのかもしれません。

著者であるハノン自身は「ピアノの名手になる60練習曲」というタイトルをつけているのに、なぜ「ピアノ教本」となってしまったのか。

「教本」というには、あまりにも「教え」が少ないような気がします。

それとも「音符が全てを教えてくれる。音符から全てを読み取れ。」ということなのでしょうか。